信念

2006年6月29日 精神的なこと
自分が「ボーダー」(境界例、または、境界性人格障害とも言う。負の感情と、喜の情の挟間に生きていて、それらを自分の力では制御できない人達)だということを、資料を調べているうちにわかった。

自分の精神を制御できなくて、周りの人を傷つけてしまう、罪深き症状。


今日、仕事先の上司に「辞めたい」ということを話した。

そこで、すごく励まされた。
なんでだろう。
たかが、バイト1人のために。
店長さえも、励ましてくれた。

俺の精神状態のことを、勇気を振り絞って話してみた。
もし話したら、職場のみんなに俺が「うつ病」だということがバレてしまうということも覚悟して。

なんと、上司は俺の精神状態を配慮して、できる限り余裕を持たせてくれるように、仕事時間を少し変えてくれた。

嬉しい気持ちもある。
「オイ、がんばれよな!」って・・・「それは精神が病んでる人には言っちゃいけない言葉だぜ!」なんてことも途中思ったが(笑)

しかし、周りの人から「うつ病の人は気持ち悪い」と思われないか、不安でもある。

最終的には、「人が足りない」という理由に至るんだろうが、
いろいろ話をしている内に、俺は、少し勇気と希望。
そして、根性を分けてもらえた気がした。

あの言葉が「仕事上の都合」でも構わない。
それでも、俺は励まされた。

「心に1つ芯を持って、自分の考えを曲げなければいい。信念を持っていれば、周りに何言われようが、それでいい」

この言葉をもらった瞬間、俺はあることを思い出した。


信念。


今から約2ヶ月前に、仕事の時間を増やしたときに、決めていたことがあった。

「独りで生きていける勇気と根性を身に付ける」

そして、

「全てをやれる限り尽くしてみる」

「生き抜く」

俺は、精神的な要素として、「音楽」と、何か1つ足りないものがある気がしていた。
その答えが、今日の出来事でやっとわかった気がする。


俺は、今まで何のために生きていたんだろう。

音楽をやるため?
何のための長髪?
何で仕事を増やした?
何で自分を追い詰めていた?
金がほしいため?
寂しくて、人恋しい?
励ましてくれる人がほしい?
人を憎むため?
人を鼓舞したいため?

すぐにその答えが出そうでないのはわかるが、
「信念」。

俺に今足りない要素は、これだと確信した。

俺の「信念」とは、一体どのようなものなのだろう。
このことに気がつくために、どれだけの人を傷つけてきただろうか。

その人達に対しての申し訳ない気持ちと、感謝の気持ち。
これを俺は忘れないでいようと思う。

母親とも、深く話し合いをした。

俺のためにうつ病について勉強してくれているということを知った。

母親が過去にうつ病だったということも話してくれた。
2人とも精神的にはネガティブなんだということも。

そこで俺は、「一体どれだけ人を傷つければ気が済むのだろう」と、自問自答した。

応援してくれている人がいる。
励ましてくれている人がいる。
それに、俺は今気がついた。

もうその人達は離れていってしまったが、ここで一言いわなければいけないことがある。



ありがとう。
今になって、あのときの言葉達がフラッシュバックしてきたんだ。


もう連絡もとることもできないが、心に刻んでおこうと思った。



過去に持っていたはずの「信念」。
それは、自分を追い詰めることによって、日々の忙しさによって、消えうせてしまっていたのかもしれない。

俺の「信念」。
それは、一体何なのだろう。

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